出版プロジェクト


 CINSCのきっかけとなったのが出版プロジェクトです。早々に本を仕上げて出版しよう!と意気込んでいたのですが,まだ実現していません。それでも期待の声は高いので,腰を据えて良い本を作ろうと思っています。その内容をこのページでもお伝えしていきたいと思います。


趣意

「前例がない」と言わせないために

 神戸で一体何が起きていたのかということを我々は多くの人に伝える必要がある。我々は,その経験の記憶を各々が個人の記憶として留め,埋もれさせてしまうのではなく,多くの人に語り伝えることで,それを共有する必要がある。

 今回は行政に対する批判が噴出した。満足な対処が出来なかったからである。行政は「前例がないので...。」と繰り返し述べた。しかし,前例がないのは行政だけではないのである。行政も被災者もそして我々ボランティアにとっても全く経験の無いことであった。それ故に混乱が増幅されてしまい,防げ得たはずであろう悲しみ,苦しみ,怒り,いさかい,そして人の死があったのだ。

 だから,我々の経験を語ることによって,「その時」の経験を神戸に行けなかった人々と共有し,何らかの形で人々の頭の片隅に置いておくこと。そうすることで,今後起き得る類似の事態においてある程度今回のような混乱は回避できるのではないだろうか? 我々は共に炊き出しをし,水を汲み,そして涙をながした「おっちゃん」や「おばちゃん」の試練を水に流したくはない。我々は防ぎ得る悲しみや人の死或いは怒りやいさかいをこれ以上生んではならないと考える。

 我々は,今回の出版計画の必要性をこのような社会的な価値の中で位置づけている。

我々にしか書けないこと

 新聞やテレビで放映された被災地の様子が神戸の全てであろうか?神戸での現実は極めて複雑多岐にわたり,マスコミという視点だけでは到底その全容は知り得ない。テレビでは,ややワイドショー的な傾向が見られたことは言うまでもない。いかにも「被災地」らしい映像ばかりであった。  しかし「被災地」にも日常がある。そして個々の被災者は当然に個性のある人々であり,被災地に「その時」いた人の数だけの物語があるのだ。これらのことは伝わっているのだろうか。

 神戸の多角的な認識が必要とされている今,我々の経験や記憶を多くの人に伝えることが求められていると考える。我々だからこそ見えてきたことがあり,我々でなければ書けないことが山ほどあると考えるからである。

 我々FIWCは小さなグループであったが故に広範囲な活動はしていない。灘区ということもあり「お役所」とは対立はあったが連携は十分にはしていない。そかしその反面,人々の生活に密着した,地を這った活動が可能であった。

 被災者との間に触れ合いがあった。我々は長期間,現場に滞在し彼らと共に作業をし,共に酒を酌み交わし,共に涙を流した。だからこそ,我々にしか見えなかった彼らの日常,日々の心のひだを経験してきている。

 そして,我々のほとんどは直接には被災者ではなかった。己の生活は満たされた外部の人間である。故に現場では被災者の様子をある程度醒めた目で客観視しえた。ややもすると「被災者」は現状の冷静な把握が困難だ。或いは心情的に拒絶反応をも示しさえする。そこには我々にしか書けない「被災地」の現実があるのだ。

「若者自身」からの返答

 「今の若者は何を考えているのか分からない,気力がない」等と言われていた。その若者が神戸に大勢やってきた。そしてその若者に対する見方が変わったとも広く言われている。我々もその「若者」である。我々は,避難所でも「なんで,遊びたい盛りのあんたのような若者がこんなにも神戸にやってきて,こんなにも一生懸命に働くのかどうしてもわからん。金にもならんし。わしが若くても絶対にあんたらのような真似なんかできへん」ということが言われている。

 それぞれに若者は自己のその余りあるエネルギーを何かに投じている。若者が無気力なわけがないのだ。それは今も昔も同じだ。ただ,社会的な状況と日本の教育システムが,現代の若者を自ら社会の変革者とするのを避けてきただけのことだ。かつての「若者」が闘い造り上げてきた,成熟し安定した社会に暮らしている我々はその余りにも平和で安定した社会を当たり前のもの享受してきた。その社会の中で「若者」は己を問われることもなく,社会における自己の存在意義を見いだし確認する場に飢え戸惑ってさえもいるのだ。

 しかし,その安定した社会が崩壊してしまったかの地で我々はやっと実感として自分自身が社会における一員であること,社会に今求められていることを感じることができた。我々は漠然とした光を見いだしかけているのだ。その光こそが「若者」を神戸に駆り立てた原動力ではないのか。

 ここで,我々は黙ってしまってはいけない。見いだしかけた光をたくさんの若者と共有して,よりよい社会を作ろうという気運を生み出すこと,そしてかつて若者であった人々には,今の若者も燃えているということを知らしめたい。


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